iPhone 4 vs ガラケー

iPhone4がいま手元にあります.3GSを我慢した僕にとっては1年待った.

iPhone4の魅力は,

  • 液晶が綺麗!
  • カメラの解像度が上がって500万画素!
  • フロントにカメラ!
  • Wi-Fiに限って,テレビ電話!
  • マルチタスク!まぁ,これはiOS4の機能か!
  • カメラのストロボ機能付き!
  • 1GHzのCPUと512MBのメモリ!
  • ジャイロセンサー!

などなど,挙げると尽きないが,これって,妻が持ってるいわゆるガラケー=日本の文化で育った携帯電話に大体ついてる.しかも1年前の携帯電話.負けてるものもある.だから,これらの機能が目的なら,日本の携帯電話を買っても問題ない.むしろ,そちらを買うべき.

ガラケーと馬鹿にする人もいるけど,日本の携帯電話はすごい.カメラを携帯につけたり,テレビ電話なんて言うのは日本の携帯電話が1999年ころに最初につけた.インターネットと接続しよう,というi-modeも1999年頃に開始されて,ネットへの接続なんて今じゃもう当たり前.世界の携帯電話の牽引したと行っても過言ではない.iPhoneも日本の携帯電話の影響を受けているのではないか.絵文字にサクっとiPhoneが対応したのも,その証拠のような気がする.

そんな携帯電話は多分,1999年,というのは日本の携帯電話にとっては変換点だった.伝送方式もデジタル方式への移行に目処が付き,そういったアイデアが生まれる余裕ができたのだろう.価格も安くなり,若者もPHSから携帯電話に移行しだした.

ここで,なんかわかんないけど,勝手に自分のモバイルな歴史をさかのぼってみたいと考えた.

1985年.うちの親は自営業をやっていたことから,このころの自動車電話からのヘビーユーザーだ.1台30万円弱で,電話番号もまだまだ勝手に決めることができた時代.親の携帯電話の番号は,下4桁は会社の固定電話の番号と同じだ.このころの移動電話はそれなりの人,特に,裏社会の人がよく持っていたようだった.でかい安定化電源とか,ヒートシンクとか,アンテナとかが懐かしい.そういえば,そんな事情もあって,価格が安いとの触れ込みで登場したPHSも開始初日にはもう持ってた.海外製のPHSで,液晶が赤かったのはすごくインパクトがあった.

僕はそんな影響もあったり,親戚のおじさんから話を聞いたりして,1993年に2400bpsのモデムを買ってもらってnifty-serveに加入した.それからネットワークへの接続に没頭した.B-PLUSっていうプロトコルを最初に知った.それから,デジタルによるコミュニケーションの将来性を理解しだした.telnetレベルでインターネットへの接続も試したりした.

モバイルという点では,1995年にポケベル,1996年にPHSを親に買ってもらった.といっても,自営業で余っていたものを借りた感じだった.話はそれるけど,1997年ころに発売されたカシオのPHSは20文字までなら無料でメールが送れる機種があって,こぞってみんなその機種にしてた.懐かしい.今思うと,ぎりぎり携帯世代なんだなぁと思う.

1999年に携帯電話のセルラー(今のau)に加入した.最初の京セラの携帯電話の次に買ったのは,2000年,SONYが出したウオークマン携帯C404S DIVA.このインパクトは凄かった.64Mのメモリースティックが入って,本格的に音楽を楽しめた.2000年にはもうインターネットも一般的だった.この携帯電話はcdmaOneも採用されて,そのインターネットへの接続も携帯電話から実用的に接続できるようになった.そんなこともあって,壁紙や着信音を自作してインターネットに公開して,友達に自慢した.

このころから,モバイルへのサービス提供というのが一般にもできるようになってきた.僕もすでにHTMLなどを書いていたので,試してみたかったが,auはHDMLという独自の言語を使わないとコンテンツが作れないようになっていた.

そんなこともあったし,周りもみんなドコモになってきて,ドコモに移行した.ドコモはコンテンツをある程度はHTMLで書けた.自分のサイトを携帯用に移植したりしてみた.

2001年,ドコモはi-appliのサービスを始めた.Javaで作成したアプリケーションを実行出来るというものだ.各社はこぞってこのアプリを開発した.携帯でゲームなんかもこのころから普及し始めた.特に,銀行のアプリなんかは修悦で,今でも使っているアプリの一つだ.SDKなんかも公開されていたのだ.ちょっとアプリもつくってみたけど,普通の人は一般公開できないことを知って,やめた.

今考えると,完成度の違いこそあれ,ソフトウエアレベルで見ると,iPhoneでできることなんて日本では2001年にはもう出揃っていた.違いはハードウエアが高性能化しただけだ.1999年からの2〜3年間で日本の携帯は世界を大きく引き離したのだ.

しかし,「ガラケー」となり始めたのもこの頃だ.携帯電話に公式にサービスやアプリを提供するには,キャリアの許可がいるし,上納金もたくさん必要なのだ.だから,キャリアの管理のもと,日本の大きなメーカーが一方的にサービスやアプリを提供した.もちろん相手は日本人だ.

考えれば現在の基本的な携帯電話の機能は,ほとんど2003年には固まった感じがある.この後,大きな変革といえば,2004年のおサイフケータイ,2006年のワンセグ,くらいのように思う.これらは素晴らしいサービスだが,こうなってくるともう,ハードウエアも日本にしか流通させられなくなる.いわゆる「ガラケー」となるのだ.キャリアの試行錯誤が,逆に世界からの孤立を進めた.

僕はiPhoneの他に,今でもドコモの携帯を持っているが,2006年発売のSO903i.現在でも全く問題ない.機能も十分.このころにはノキア同様,日本の携帯電話への興味は薄れてしまっていた.

Appleは,2007年,iPhoneを発売した.初期の物はあまり興味がなかったけど,2008年,3GからのApp StoreとSDKの公開というのが決定的に僕の購買意欲を煽った.2001年からの,日本の携帯電話の失敗?を再構築するかのようなハードウエアとOSと,そしてサービスだった.それをキャリアではなく,メーカー主導でやってのけた.

僕としては,2001年にやりたかったことがやっと出来たのだ.一般人でもいろんなアイデアを持っていて,作ればすぐに世界中に公開できる.Appleには開発者としての登録代として1万円払えばいい.

まあ,いま,10程度のアプリを公開しているけど,大ヒットってものはない.結局はその程度の実力なのだろう.でも,このような末端な人間にも門を開いてくれたAppleに感謝したい.

そしてiPhone4.画面解像度の向上やセンサーの追加など,最初に挙げたiPhone4の特徴は,利用者はもちろんのこと,そっくりそのまま開発者の利となる.それを利用して,開発者はさらに色々なアプリを開発する.そしてそれは,結局はさらに利用者に還元される.iPhoneの世界はますます自然に広がっていく.すばらしいビジネスモデルが, iPhoneの最大の特徴と言いたい.

1999年,携帯電話がデジタルになって,大きな変換点となった.思えば,今年は紙のデジタル化,来年はテレビもデジタル化だ.大きな変革は,もう始まっている.

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